福嶋真理子さん

福嶋さんは、栃木放送やとちぎテレビで番組を担当し、気象予報士としても活躍するフリーアナウンサーです。大学卒業後、一度は一般企業に就職した経験もあるそうですが、アナウンサーへの夢を諦めきれずスクールに通った後栃木放送の局アナになりました。また、気象予報士としての資格も保有しており、なんと合格率4.7%の難関を突破!寝る間も惜しんで勉強されたそうで、現在ラジオの気象コーナー等も担当されています!福嶋さんは努力で夢を実現し、まさに『好きを仕事』にして大活躍されています!

 

基本情報

お仕事内容(肩書き) フリーアナウンサー、気象予報士、防災士
お名前 福嶋 真理子(ふくしま まりこ)
出身地 栃木県 宇都宮市
会社名(団体・組織) 栃木県防災会議委員、NPO法人栃木県防災士会理事
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インタビュー

 

1) 今のお仕事(起業)のきっかけや、これまでの道のりなど教えてください。

アナウンサーになりたいきっかけは、実は覚えていない。物心ついたころからアナウンサーになりたいと思い込んでいた。漠然とした夢が目標に替わったのは小学校5年生の時。御巣鷹山の飛行機事故がきっかけ。気象予報士になるきっかけは、名付けて「女子アナ生き残り大作戦」だった。空や宇宙が好きだったことも多少影響。

 

2) 好きな事で「稼ぐ」ための苦労や努力、挫折や復活談などお聞かせください。

放送局のオーディションは、まず書類が通らない。出した履歴書がそのまま戻ってくる。そのまま戻ってくると封筒の厚みがあるから、開封しなくても落ちたとわかる。ポストを覗くたびに落ち込んだ。ようやく書類に通るようになっても、音声試験に受からない、音声試験に受かるようになっても面接に通らない・・・よくあきらめなかったなと我ながら思う。それは2人の恩師の言葉のおかげかな。

気象予報士試験は、とにかく毎日毎日暇さえあれば勉強した。出社前、仕事の後・・・眠る時間と遊ぶ時間を削るしかないと覚悟を決めたが、やはり仕事をしながらというのは大変だった。4回目に落ちた時、1ヶ月くらい逃げた。もうやめようかなとも思ったけど、それまでの2年間で試験勉強にかけた時間と費用を考えると、諦めるわけにはいかなかった。最終的には1日に13時間勉強した日もあった。トランス状態というか、勉強することが楽しくなるという領域に初めて達した。学生の頃これだけ頑張っておけばよかったとつくづく思った。

(押しつけがましいような)積極的アピールは得意ではないため、仕事の新規開拓というのは正直苦手だった。そこは実績と人脈を大切にする作戦でカバーしたと思う。

 

3) 今後の展望・目標などをお聞かせください。

カッコいいことを言えば、ふるさと栃木を守れる仕事をしたい。メディアで仕事をする以上、普段は楽しい番組を放送していたとしても、いざという時に県民の有益な情報を届けられなければならないと思う。災害が多い現代において、放送局、とくにラジオ局が担うことってとても大きいと思う。これから何が起きようとしているのか、いま何が起きているのか、今後どうなるのか、どうすれば身を守れるのか、必要とされる情報を届けるためには、ただ日々の放送をこなしているだけでは対応できない。だから専門的な知識を学ぶために気象予報士になり、防災士になり、フリーになり、外の世界を見た。それを栃木にフィードバックするために、今後も軸足を栃木に置きたいと思っている。

 

4)好きを仕事にするために大切にしていることはズバリ何ですか?

「絶対にあきらめない。夢じゃなくて目標にする。目標を達成するための努力は惜しまない。」あたりまえのことばかりだけれど、意外とできない、やっていないことだと思う。高校時代の友人で、どうしてもなりたい職業の為にどんなことがあってもあきらめなかった同級生がいる。大人になってよく話をしたのは「“いいよね、好きなことが仕事になって”“いいよね、やりたいことを仕事にできている人は”と言われることが多々あるけど、私たちはそれ相応の努力をした。人の見ているところでも見ていないところでも、自分の目標を達成するための努力は寸分も惜しまなかった」ということ。家族に反対されても説得する努力、苦手な教科をがんばって克服する努力、それらを惜しまなかった人に、おのずと結果は訪れると思っている。

そして人間関係を大切にすること。これが最重要事項だと思っている。すべては人と人とのつながりから生まれる。そして頂いた仕事を誠実に全うすれば、おのずと次に繋がる。